埼愛自由日記・その11 理不尽と悔しさと、希望
昨年11月に要望書を出した時に学事課の方に思いを語った。しかし今日の回答は…とても悔しい。多文化共生の担当者が尼崎の朝鮮学校に赴き、多文化共生の学習をしたということを同校のホームページで見た。埼玉県の学事課長は昨年の夏に私たちの学校を訪問したと話していたが、果たしてそういう観点で来られたのか…それでも日本の有志の方々が共に考え行動してくださることが一筋の光
2025年6月1日から、朝鮮学校の処遇改善を求める六団体共同による署名活動「〈わたし〉たちにとって大切な子どもたちのために埼玉朝鮮学校の補助金支給再開を求めます」を行ない、同年11月27日に埼玉朝鮮学園の関係者・保護者と共に、その署名を埼玉県に提出した。2026年2月17日、埼玉県から「要望書」への回答を得るために学事課と交渉と記者会見を行った。
交渉の冒頭、学事課職員は事前に了解していた、「交渉の時間は30分」を再び強調し、県民の声に誠実に向き合う態度を感じさせない。今回の県の「回答」も、具体的な質問には正面から答えず、「補助金の不支給については、最高裁まで争われた国の就学支援金裁判において、朝鮮総聯と朝鮮学校との関係性が教育基本法で禁じる「不当な支配」に当たらないとの十分な確証が得られないという国の主張が認められたことを一義的な理由としています」という従来の、そして、私たちによる問題点の指摘に対して一切正面から答えないという内容であった。どれだけ不誠実で論理的整合性の欠片もない職員の対応であっても、“約束の時間”がくれば終わり、理不尽は続く。
冒頭の言葉は、これまでの15年も、そして、これから先も朝鮮学校に対する差別政策を継続するする埼玉県の態度、意思を目の当たりにしたオモニ会会長の、記者会見での言葉である。悔しくて涙が出る。
これまでの「要望」に対する「回答」を読めば、あるいは一度でも交渉に参加すれば容易にわかることではあるが、大野知事や対応する職員は、埼玉朝鮮学校への補助金不支給が明確な差別であることは認識している。認識していてなおも、行政の行為として三文芝居にも劣る対応に終始する。補助金支給に至っていない現状はもちろん悔しいが、その行政の対応がより悔しいのだ。だが、希望は存在し、それを保護者が実感した日でもあった。
「県の職員の説明が、とりあえず除外がまず前提にあって、二転三転、朝鮮学校が立ち行かなくなるのを待っているのではと思った。ヘイトを行政が先導している。そこにいる子が良い子だからというような話ではなく、当たり前に人権として承認すべきもの、そのように思考転換してほしい。これからも皆さんと一緒に取り組んでいきたい」とは、同席した『朝鮮学校とともに歩み、私たち・ウリの問題として補助金停止を考えるプロジェクト(ウリプロ)』メンバーの言葉。差別を許さないより大きな輪をつくっていきたい。
2025年6月1日から、六団体の共同による署名活動「〈わたし〉たちにとって大切な子どもたちのために埼玉朝鮮学校の補助金支給再開を求めます」を行ない、同年11月27日に埼玉朝鮮学園の関係者・保護者と共に、その署名を埼玉県に提出しました。2026年2月17日、埼玉県から、その「要望書」への回答を得ましたが、極めて不誠実なものと言わざるを得ません。回答に対するコメントはこちらから。
埼愛キムチ新聞第37号(2026年5月16日発行)より
「埼愛キムチ新聞」は埼愛キムチの頒布会毎に発行しています。このページやPDF版を、周りの方々にぜひとも広めていただき、埼玉朝鮮学校をはじめ朝鮮学校の現状を多くの方々に知っていただけたらと思います。



