埼愛自由日記・特別寄稿:MBSラジオにおける暴言問題から考えたこと

 今年の2月21日、関西のAM放送局であるMBSラジオの番組「上泉雄一のええなあ!」において、ゲストスピーカーの上念司氏(経済評論家)が、朝鮮学校を「スパイ養成的なところもあった」とするなど、朝鮮学校の名誉を毀損し、在日朝鮮人への攻撃を扇動するヘイトスピーチというべき暴言を行い、それがなんら留保なく放送されました。

 ネットにおける個人のチャンネルではなく、AMラジオという公共性のあるメディアにおいて、朝鮮学校など在日朝鮮人を標的にした攻撃的な言動が垂れ流されることに関して非常に大きな危機感を持ったことから、MBSラジオ社を相手に、所属する人権協会が中心となって抗議行動を展開してきました。

 抗議の声を伝えた当初は、MBSラジオ社側もまったく誠実な対応をみせず、1日だけ番組のホームページに短い「お詫び」を掲載するとともに、オンライン配信されていた番組の当該発言部分(「スパイ養成的なところもあった」という部分)だけカットし、それに関する説明も付記せず配信を続けるなど、極めて不十分な対応に終始していました。 しかしながら、この問題は各紙の報道において連日大きくとりあげられ(インターネットで検索すればたくさん記事がでてくるかと思います)、社に対する批判の声が大きくなる中、MBSラジオ社も座視できない状況になったこともあってか、当事者との面談に応じるなど態度を変え、問題と向き合う姿勢を少しずつ見せはじめました。

 今回の発言の文脈を確認しておきたいと思います。上念氏の発言は、司会である上泉アナウンサーからの、「昨今頻発する朝鮮民主主義人民共和国によるミサイル発射実験に対し日本政府にできることはなにか?」という問いを受けての回答でした。

 そもそもミサイル発射実験に対する措置として「朝鮮学校に査察を入れろ」といった、朝鮮学校に圧力を加えることを主張することが、はたして論理的で正当な主張といえるでしょうか。むしろ、上念氏の発言は、在日朝鮮人への攻撃を扇動することをこそ目的とした、常軌を逸したまさに「ヘイト」というべき性格をもっているといわざるをえません。

 上念氏は、いみじくも「…こういう番組でもこういう話をできるようになったんで、本当にいいことなんですけど」と発言していますが、昨今の日本社会においては、とりわけ「朝鮮に対しては何を言ってもいい」という空気感があり、政治的公平性を欠いた朝鮮報道が日常化しています。おそらく上念氏もそうした空気を敏感に読みながら、今の日本社会ではこうした発言がむしろ「受ける」との意識が強くあったことが推測できます。 政治外交の手段として、在日朝鮮人・朝鮮学校を「人質」に利用するかのような主張することは、あまりに不正義で突飛な主張といわざるをえませんが、この上念氏の主張そのものは、実は「突飛」なものではなく、この間日本政府や自治体が行ってきたこととほとんどシンクロするものです。すでに、日本政府は政治外交的理由をもって朝鮮学校を無償化制度から排除し、また自治体においても朝鮮学校に対する補助金をカットするといった、「制裁」の論理がまかりとおってきたのです。そして、日本社会はそうした在り方を追認してきました。したがって、上念氏は、肩越しに政府や世論の力を感じていたと思います。

 わたしは、こういった「空気感」がますます強くなっていくことに、大変な恐怖感を覚えています。いまからちょうど100年前に起きた関東大震災における朝鮮人虐殺は、まさに政府による戒厳令および自ら喧伝したデマ=ヘイトが大きな要因となり、朝鮮人への差別意識などが折り重なる中で起こった悲劇=ヘイトクライムでした。この悲劇は、果たして過去の出来事として今の日本社会は克服できているでしょうか?

 マスメディアでも大きくとりあげられましたが、2021年に起きた京都の在日朝鮮人集住地区であるウトロにおける放火事件で、実行犯は公判において「韓国人に敵対感情があり、彼らが自分たちよりも優遇されていることが許せなかった」、「韓国人を攻撃すればヤフーなどで取り上げられ称賛されると思った」と、その動機を隠していません。在日朝鮮人を攻撃することが、ともすれば「称賛」されると思うほどに、今の日本社会の状況は恐るべきものになっているのです。

 東京の町田市では、小学生に配布する「防犯ブザー」の配布を、「北朝鮮との関係が緊張していることなどを考慮して」(市教委総務課)停止したことがありました(2013)。コロナ禍においては、さいたま市が備蓄マスクを配布する対象から朝鮮幼稚園を排除したこともありました(2020)。こんなことが地域住民を支えるべき自治体によって平然と行われたことに、本当に愕然とします。なんとなく「朝鮮は悪い国だから仕方ない」と思っていたとするなら、一度、立ち止まって考えてみてほしいと思います。こんなやり方が、いったいなにを生むのでしょうか? MBSラジオ社の幹部の人たちと直接面談し、抗議をする機会がありました。この場には、朝鮮学校に子どもを通わせる保護者のオモニ(お母さん)たちがたくさん参加しました。「情勢が緊張するたびに、子どもが無事に帰ってくることを毎日願っている。その気持ちがわかりますか?」

 次々に発せられる切実なオモニたちの声をきいて、幹部の中には「自分にも子どもがいるが、重ねて考えるといたたまれない。想像力が欠けていたと思う」と、正直に吐露する方もいました。

 当事者による抗議の声を受けて、その後MBSラジオ社は数度にわたり幹部が朝鮮学校を訪問し、授業風景やオモニ会による財政支援活動の現場などを見学し、最終的に「朝鮮学校や民族教育への理解が決定的に不足していた」ことを認めて謝罪しました。あわせて、再発防止策として、社会的弱者やマイノリティへの配慮等を書き込んだ「コンプライアンス憲章」を新たに策定し、内部のチェック機関として「番組向上委員会」を設置したことにくわえ、定期的・継続的な全社研修を行っていくことを表明し、また社長が自ら「朝鮮学校の保護者のみなさんにつらい思いをさせてしまった。心から反省している」と会見の場において謝罪の意を表明しました。

 今回の一件については、抗議の声が一定程度実ったかたちではありますが、いまも日本のテレビやラジオ、インターネットは「ヘイト」で溢れかえっています。

 そうした空気にいつのまにか呑まれてしまわないようにするためには、なにより在日朝鮮人や朝鮮学校の存在について具体的に知り、また想像力を働かせることだと思います。届けられる「埼愛キムチ」の向こう側には、埼玉朝鮮学校につながる1人1人の在日朝鮮人(そして、それを支える日本人有志)の具体的な姿があります。

 「おいしい」の声が、朝鮮学校理解の一歩になることを、心から願っています。

在日本朝鮮人大阪人権協会 文時弘

埼愛キムチ新聞第21号(2023年9月16日発行)より


「埼愛キムチ新聞」は埼愛キムチの頒布会毎に発行しています。このページやPDF版を、周りの方々にぜひとも広めていただき、埼玉朝鮮学校をはじめ朝鮮学校の現状を多くの方々に知っていただけたらと思います。