○○○から見る朝鮮学校 その8 朝鮮学校・《ウリカペ ブックトーク『朝鮮学校児童・生徒たちの作文集』を読む》での感想①
十月四日、東京・新大久保にある文化センターアリランでウリカペ主催のブックトーク「『朝鮮学校児童・生徒たちの作文集』を読む」が行われました(詳細は『埼愛キムチ新聞』第33号参照/「有志の会」HPに掲載)。その場で読まれたスタッフの感想を紹介します。

コ・デギ「言い続けよう」
言い続けよう
まだおれらを知らないやつには
おれがいちいち説明してやるべきだ
歴史をろくに学べなかったのが
なぜそいつらのせいだと言えようコ・デギ「言い続けよう」より(『コッソンイ』日本語版編纂委員会編『コッソンイ 朝鮮学校児童・生徒たちの詩と作文集』花伝社、2024年、p.18)
「人々」から投げかけられる一体何者だ?という問いは、おそらくデギさん本人が個人的に抱えたことのあるものだと思います。アイデンティティについての問いに向き合うことは、自問自答であっても、ときに苦しさを伴うでしょう。しかしながら、それを他者から不躾に浴びせられるのは訳が違います。
デギさんは 「歴史を学べなかったのはそいつらのせいではない」と書いていますが、これは日本人の欺瞞であり、彼に説明をさせることなど、本来あってはならないのです。もしその問いが発生するのであれば、それは互いに信頼関係のある同志の、相互理解のための会話のなかであるべきです。さらにその問いかけをする者は、日本を含むアジアの近代史について史実を学ぶべきです。日本の歴史教育の反省点を、こうした形で彼に背負わせるのは本当に間違っています。
“税金徴収時には「日本人」補助金停止は「朝鮮人」“
日本人ファーストなる排外主義が大手を振って蔓延っています。全国知事会から、“国は外国人を『労働者』と見ているが、地方自治体から見れば日本人と同じ『生活者』であり『地域住民』である”という声明がありました。国にとって都合の良い制度には強制的に組み込み、恩恵は受けさせない、というのは単なる搾取であり明確な差別です。
これを書いたのは中学2年生の男の子です。私が塾で教えていた中2の男の子を思う時、部活やゲームに夢中な、体はデカいが無邪気でまだ幼い子供たちの姿が浮かびます。同じ年の男の子に、このような言葉を書かせる社会とは。中学生は幼くてよい、とは思いませんが、この年齢の男子が、このように社会に対して目が開いている背景について考えるべきです。デギさん個人の持ち合わせた資質以上に、日本社会が、考えざるを得ない状況に追い込んでいるものだからです。
朝鮮学校の問題にとどまらず、最近の日本社会の状況とあわせて、わたしたち日本人がどうにかしなければならない課題が詰まっていると感じました。最後に“やさしく手から差し伸べる日まで”とありますが、彼の言葉通り「やさしく手を差し伸べてあげる」ことを正解やゴールと捉えるには、あまりにも欺瞞が過ぎるでしょう。私たちは日本人として、彼の側に共に立つべきです。
甘えるな、学べ、考えろ、日本人たち。そして私も。
(アイコ)
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埼愛キムチ新聞第34号(2025年11月16日発行)より
「埼愛キムチ新聞」は埼愛キムチの頒布会毎に発行しています。このページやPDF版を、周りの方々にぜひとも広めていただき、埼玉朝鮮学校をはじめ朝鮮学校の現状を多くの方々に知っていただけたらと思います。

